イスラム教徒からなる国 初のEU加盟となるのか
「列強からの改革要求に終わりはない」これはオスマン帝国末期のスルタン(君主)、アブデュルハミト2世が書き記した言葉で、何百万人という近代ト ルコの市民も同じ信念を抱いている。欧州委員会が11月8日にブリュッセルで発表したトルコのEU(欧州連合)加盟に関する最新の進捗報告書は、この信念 を一層強固なものにしたに違いない。
EU拡大担当のオッリ・レーン委員はトルコとのEU加盟交渉の停止の決定を表現するのに「列車事故」とい う言葉を考え出した。報告書が即、列車事 故につながることはないかもしれないが、ブリュッセルでEU首脳会議が行われる12月半ばまでに、トルコがEUの要求に応じてギリシャ系キプロス籍の船舶 と航空機に対して港湾と空港を開放しなければ、列車事故の懸念を残すことになる。
完全な交渉断絶を避けようと、イスラム穏健派であ るトルコのリジェップ・タイイップ・エルドアン首相は11月6日、悪名高い刑法301条を修正す る(ただし廃止はしない)可能性を匂わせた。301条により「トルコらしさを侮辱した」として多くのトルコ人学者や作家が訴追されてきた。報告書では非イ スラム教徒の少数民族やクルド人に対する抑圧が続いていること、お節介な将軍たちに対する文民統制が不十分なことと並び、この法律が厳しく非難された。実 際、トルコの広範囲に及ぶ改革への称賛は、主にその欠如によって際立った。
重 大な局面が12月に迫っているというのに、エルドアン首相がキプロス問題で譲歩する兆しはほとんどない。報告書が発表されている最中でさえ、首相 はトルコが占領している北部キプロスの経済隔離が続く限り、トルコの政策に変更はあり得ないと繰り返し、キプロス問題は国連の調停を介してしか解決できな いとつけ加えた。首脳会議前に妥協協定を取りまとめようとする現EU議長国、フィンランドの最後の試みを一蹴したかのようだった。
このような 強硬姿勢はトルコを非難する国々に攻撃材料を提供している。その代表格の1つがフランスだ。今週、フィリップ・ドストブラジ外相は仏議 会で、トルコが今年末までにキプロスを国家として認めなければ、トルコの加盟交渉スケジュールを「再考」すべきだと述べた。アンゲラ・メルケル独首相もト ルコがキプロスに対する態度を変えなければ、「非常に深刻な」事態になるだろうと言明した。
では、主にイスラム教徒からなる国とし て初めてEUに加盟したいというトルコの望みは永遠に埋もれてしまったのだろうか。トルコの高官も欧州諸国 の高官も以前から、交渉によりトルコの加盟が実現することは決してないかもしれない、と認めていた。しかし双方とも、交渉プロセスの継続は、トルコの不安 定な民主主義を固め、トルコが改革路線を外れないようにし、西側にしっかりと繋ぎ止めておくうえで重要だと強調してきた。
し かし、これらの目標がぐらつき始めたように見える。1年前に始まった加盟交渉は事実上、既に停止し ているという専門家もいる。トルコがEUと交渉しなければならない33「章」のうち、終了したのはわずか1章(科学及び技術関連)だけ。トルコがキプロス 問題で妥協しないせいで、ギリシャ系キプロスが他章の交渉を阻止すべく、いつ拒否権を行使してもおかしくない。
ア ンカラの外交筋の中には安穏と、最近の危機は単なる「中休み」だと見る向きもある。欧州諸国の首脳 がトルコ加盟に反対する国内世論を懐柔する一方、エルドアン首相が来年11月の議会選挙を前にナショナリストの支持票を取りつける時間を与えるというの だ。一旦、選挙が終われば、新政府がEUとの交渉プロセスのバトンを受け継ぐというのが彼らの主張だ。しかし、これはリスクの高い戦略である。
ト ルコを飲み込んだ厄介なナショナリズムは、EU加盟に対する支持をそいだ。ある世論調査では、2年 前は67%あった支持率が32%に落ち込んでいる。同時に、EU加盟国の市民として有利な取引ができると期待した1400万人のクルド系トルコ人を幻滅さ せたことで、一部の人は南東の国境のかなた(イラク)に憧れのまなざしを向けるかもしれない。トルコにとっては大いに不快なことに、国境の向こうでは米国 の保護下でイラクのクルド人が独立に近いものを達成している。また、EUとの交渉プロセスが途切れると、EUに触発された改革の波で権力を失ったトルコの 将軍たちが復権を狙おうという気になるかもしれない。そうなると、ここ数年の経済成長が脅かされる可能性もある。
エ ルドアン首相が正しいリーダーシップを発揮している限り、まだ、そうした破局への筋書きは避けられ る。心強いことに、キプロスを巡る騒動にも関わらず、首相は先日、政府は今後もEUの正式加盟に取り組み続けると言明した。しかし、首相は自らの将来にも 思いを馳せている。特に5月に退任するアフメト・ネジデト・セゼル大統領の後任に出馬すべきかどうか考えているのだ。10代の頃、苦しい家族の生活を助け るためにかび臭い丸パンを売ったのが初めての仕事であったエルドアン首相にとって、国のトップの座の魅力は抗し難いものと相成るかもしれない。
タ カ派の陸軍司令官、ヤサル・ビュカニット将軍と、トルコのエリート実業家の中でも最も非宗教的な実 業家たちは、同首相の大統領選出馬を恐ろしい考えだと思っている。彼らにしてみると、大統領は、エルドアン首相と与党、公正発展党(AK党)のイスラム教 徒に対する最後の非宗教のチェック機能を果たしている。この微妙なバランスが崩れると、アタチュルク初代大統領が構築した非宗教的な共和国の終焉につなが る可能性があると恐れているのである。
このような懸念が誇張されているのは 間違いない。しかし、エルドアン首相に最も近い支持者の中にさ え、配偶者がイスラム教徒のスカーフを着用していない、もっと中立的な人物が大統領を務めたほうがトルコにとっては良いと考えている人がいる。そうなれ ば、AK党は11月の選挙で再選を果たし、将軍たちを寄せつけず、エルドアン首相は改革を推し進めることができるだろう。また、首相は選挙前のポピュリズ ムを避け、IMFの経済改革プログラムを続行する必要もあるだろう。
欧州に 拒否された場合、トルコはイランやロシアなどの同類と手を結ぶだろうという憶測は、今のところ 間違っている。実際、エルドアン首相とトップのお偉方は競うように、トルコの最強の同盟国である米国との戦略的関係を修復しようとしている。2月にはビュ カニット将軍がワシントンを訪問する予定で、将軍は北部イラクを本拠地とする分離主義者クルド労働者党のゲリラに対して行動を起こすよう米国に迫るだろ う。20年以上トルコ軍と戦い続けている反政府勢力の駆逐を米国が拒否してきたことは、トルコ国内の反米感情の最大の原因となっている。
ド ナルド・ラムズフェルド氏に代わる新たな国防長官の就任で事態は容易になるかもしれないが、ブッ シュ政権がそのような要求に前向きに応えられるかどうかはっきりしない。ただ、間違いないのは、米国がトルコのEU加盟に向けてロビー活動を続けるという ことだ。米国の圧力はこれまで、EU加盟というトルコの大望を軌道に乗せておくうえで決定的な役割を果たしてきた。将来も、その圧力が同じくらい必要にな るかもしれない。
情報リンク:英『エコノミスト』誌


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